[小説]機巧仕掛けのブーケ#3 あなたをヒモにするとか散々言ってたじゃん
結局、ファミレスでの会話はうまく行かなかった。
歯がゆそうな顔で、何かを言いかけては口を噤むフェアギスマインの姿が、芥川にとっては印象的であった。
「よりによって金鳳花ニゲラは駄目です。彼女は……いえ、未来情報開示権限に抵触するので上手く言えませんが、駄目です」
「実は私、何度もこの時間をやり直しているんです。この光景だって……いえ。お願いします。どうか、私の言葉を信じてください……」
「回数を重ねるにつれて、あなたの不信感を拭う方法が分からなくなってきました。もはや私が疲れてしまっているのかもしれません。でも、どうすればいいんでしょうか」
お前、鉄面皮じゃなかったのかよ。
そんなことを思わず口にしかけたが、芥川はその言葉をかろうじて飲み込んだ。
アンドロイドに感情があるなんて。
もちろんそれは、悪趣味なSFだ。
別に感情がある事自体は否定しない。だが、こうも同情を引くような手段に出られると、芥川は弱り果てる。
――機械のくせに、心に訴えかけてくるなんて。
芥川はこういうずるい手段が大嫌いである。
募金を募るための子供の瞳の写真。動物虐待を訴えるための怪我した猫の写真。メッセージ性が強いだけに、そういう表現は、芥川の苦手なものである。
フェアギスマインだって、結局芥川の苦手なものであるらしい。
何でお前、そんなに真剣なんだよ。
やってることは滅茶苦茶なくせに。
そんなことを芥川は言うわけでもなく、その場は結局お開きとなった。
今日あったことを芥川は思い返していた。
就職活動に失敗した。
アンドロイドに車で拉致された。
逃げたらダッシュで追いかけられて結婚(ヒモ化)を迫られた。
ファミレスで恋人(予定)の子のことを話したら呆然とされた。
それだけでも芥川にとっては濃い一日であったことに違いない。どの要素を取っても印象深い出来事である。
では今はどうだ。
芥川はいつも住んでるアパートの扉の前で、ただひたすら困惑していた。
今、目の前には、土下座をしているアンドロイドが一人いた。
どこからどうみても、それはあの冷たい印象を思わせる彼女、フェアギスマインそのものである。
それがなぜか土下座。薄ら寒い予感しかしなかった。
「就職、できませんでした……。あなたを養うつもりだったのですが、就職活動を舐めてました……」
「……」
お前、意外とポンコツだったんだな。
そんな感想が思わず口から零れそうになった。
「重要な発見です。住所不定で学歴もなく、国籍もないと就職に困ることがわかりました」
「それ相手の企業も困るやつな」
「どうかお家に住ませてください……住民票を作るためにも住処が必要です」
「え、住民票ってゼロから作れるのか?」
「……あ」
家に入れてしばらく、ちょっとした問答からさらなる問題が浮上したことに気づき、フェアギスマインは固まっていた。
流れる微妙な時間。芥川も流石に言葉を失っていた。
手持ち無沙汰になった芥川は、とりあえずスーツを脱いでクローゼットにかけた。匂いを取るためにアルコールをささっと霧吹きして、ワイシャツを脱いで楽な部屋着に着替える。
女に見られているようで落ち着かなかったが、相手はアンドロイドである。気にすることではない。
その後はコーヒーを淹れるため、ケトルに水を入れて電源をオンにした。
とりあえずは新しい履歴書を書くための準備である。コーヒー片手のほうがこのような作業は進むのであった。
一瞬、フェアギスマインの分も用意しようと考えたが、アンドロイドがコーヒーを飲むのかどうかわからなかったので、お湯を二人分沸かすだけ沸かす程度にとどめておいた。
そのときようやく、微妙な沈黙が破られた。フェアギスマインが何かを思い出したらしかった。
「……そうです、思い出しました。私、まだあなたのことを養えます。諦めなくてすみました!」
「いや諦めないのか」
「はい、完璧です。私が就職できなくてもあなたを養うことができます。完璧です、できます」
がば、と顔を上げるフェアギスマインは、さも名案を思いついたかのような声音で畳み掛けた。
表情は相変わらず乏しかったが、意気込んでいることは何となく伝わってくる。
「今から私は株の売買で儲けようと思います。これから起こりうる未来を知ってるので、私には何もかもが出来るはずです」
「いやだから、身分証明書がないのに、どうやって証券口座開くのさ」
「……」
一瞬で撃沈。
フェアギスマインの名案とやらは、本当に一瞬で終わってしまったのだった。
芥川くんのファーストネームを過去記事を読まずに思い出そうとしたのですが、思い出せませんでしたー(´•ω•̥`)
名前に何か秘密があるのでしょうか(聞いちゃダメか💦)続き楽しみにしてます。
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ultrasevenさん
ファーストネームは、ミヲソチスです! 秘密は秘密のままで、でも色々と楽しく妄想していただけましたらうれしいです!
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